ANA国内線【PR】
\(。ω゚)人(。ω゚)移転します(。ω゚)人(。ω゚)/
エキサイトブログ、2年間ありがとう!!\(。ω゚)/


\(。ω゚)/↓移転先↓\(。ω゚)/
\(。ω゚)/http://slip555ebene666knot.blog43.fc2.com/\(。ω゚)/



しかしまだ未完成(。ω゚)人(。ω゚)人(。ω゚)人(。ω゚)
# by kurobaraebene | 2008-06-18 23:30 | 日常
\(。ω゚)/
燃え尽きたぜ…真っ白に……



バンド練習後の俺↑
えbです皆さんこんばんわ\(。ω゚)/ゲヘゲヘ
真っ白といえば新人のましろさんいいですね。
公式写真で見る以上にマジかーいっすわ\(。ω゚)/ゲヘゲヘ



最近のマイブーム、mariアンヌに「ブログ更新少ない」言われちゃってですね。
いぁー前回の俺のバンド人生 最終章を書いてる間と終わった後も
やることがいっぱいあって更新どころじゃなかったんですよ。
数日経った今でもコメントが0というあまりにも
えb様の人気を表したかのような結果に終わったワケなんですけども。
別に「感動しました!」とかコメント欲しかったワケでもネーヨ(´・ω・`)
……機会があれば、また書いちゃったりしてね。

そういえば新しいバンドも結構俺好みの昔のXのような
スラッシュ(メタル)性の高い音楽をやっていらっしゃるので
今回は抜けることのないように、俺はドラマーらしく
縁の下の力持ちとして頑張ってゆけたらなぁと思っています。

あと偶然かどうかはわからないけど新しいバンドに加入するたびに
いつも「バケモノが現れた」なんつって言われるのですが。
さすがえb様。さすが秋葉を代表するドラマー(自称)
アレですか、都会のバンドマンは「バケモノ」っていう言葉が好きなんですか?
ウケル(笑)
スイーツ(笑)

 

最終章書き終えたあとはブログを移転しようかと思ってましてですね。
ブログの鯖がエキサイトって周り含めて俺だけなんですよね。
他はヤプログかFC2が占めてるんですけど
それじゃあ人が来ないのも当たり前っつーハナシですよ。
ただ、移転してからもココのブログは残しておきます。
やっぱり何だかんだで俺の記録が残ってるので。
エキサイトは俺的には使いやすいっちゃ使いやすかったのですが
よーつべの動画を貼る際にサムネイルで貼れることができないのでそこだけ難点でした。
ヤプログでさえサムネで貼れるのにエキサイトでは何故できない('ω`)
移転先は、やはりヤプログかFC2か迷いましたが結果としてFC2に決めました。
やはり機能が充実しているのが魅力的だったので。

では新しいブログが出来上がりましたら当ブログで告知致しますので
それまでの間、しばしお待ちくださいませ\(。ω゚)/ゲヘゲヘ


ちなみに14日に文字入れオムライスに㍉㍍に文字入れしてもらいました↓


\(。ω゚)/ゲッヘゲヘー!!
# by kurobaraebene | 2008-06-17 00:36 | 日常
俺のバンド人生 最終章 ラスト
4日。
母と祖母に送られて最寄り駅からの電車に乗りました。
2時間ほどして地元いわき駅の乗り換えの電車が発車するまで時間があったから
ホームの立ち食い蕎麦屋で腹ごしらえをしていたとき
俺が愛用している金色のギターバッグとシンバルケースを見かけた
店員のオバチャンが話しかけてきた。


「おにーちゃん、音楽関係の仕事してるの?」


えぇ、東京の秋葉原にある楽器屋でバイトをしておりまして……
バンドで自分の実力がどれだけ通用するか上京して参りまして……
というか今はもう秋葉を代表するドラマーになりまして……(自称)


「音楽好きなんだね~
 うちの息子もやってたけど途中で投げ出しちゃってね。
 おにーちゃんは、やっぱりずっと続けていきたいんだ?」


バンドで食ってくってよりも、あれほどあった
プロ志向への意識が気がつけば今は全く無くなっていた。
それはもう本当に無理だと感じたこともあったけど
俺の夢は、世界を飛び回るミュージックジャーナリストになること。
あらゆるバンドを「頑張れ」と背中を押してやれるような存在に俺は必ずなってみせる。
本気で音楽をやっている人たちを幸せにしてやりたい。
綺麗事や理屈やカッコつけでも何でもなくてね。


「そっかぁ。諦めないで頑張るんだよ。」


最近あった辛いことも、その言葉で全部洗われたような気がした。


―――諦めないで頑張るんだよ。


まったくのアカの他人に励まされた。
最後に蕎麦屋のオバチャンに挨拶をして
涙をこらえながら電車に乗り、地元を後にした。










勝つこと
負けること
這い上がること
戦い合うこと
そういったものを10年続けているバンドを通して学ぶことができた。
ちょっとやそっとの事でヘコタレるようになっても
何度も立ち上がることが真の強さなんだということを。
俺はドラムが下手糞だから、あのとき一度挫折したんだ。
本当に上手い奴なら辞めることなんて決して無い。

だけど俺はもう、
逃げない。
迷わない。
負けない。
失わない。

敗北を知らぬ者は人生の勝者には決してなれない。
もう二度と挫折や後悔は味わうことのないために。
もう二度と自分を見失わないために。
俺はこれからも、強さを求めて歩き続けます。
次こそは、あの月に手が届くといいな……




もしも僕がいつか君と出会い話し合うなら
そんなときはどうか愛の意味を知ってください
愛じゃなくても恋じゃなくても
君を離しはしない
決して負けない強い力を
僕は一つだけ持つ

THE BLUE HEARTS / リンダリンダ






長きに渡って綴らせて頂いた「俺のバンド人生」も
これで最後です。本当の、最後。
最終章は、あまり時間が無くていつもより荒削りな物となってしまったり
ラストを書くときにPart3を追記したりと色々やることがありまして
読者の皆様に大変ご迷惑をおかけしたことをお許し下さい。申し訳ございません。
そして最後まで読んで頂きまして誠にありがとうございました。


Ebene
# by kurobaraebene | 2008-06-13 20:35 | 俺のバンド人生 最終章
俺のバンド人生 最終章 Part3(追記)
前回Part2でのスタジオのあとに地元にいる
バンド仲間の後輩に会いに行きました。
そいつもドラムをやっていて最近、俺が東京にいる間は
電話で話すことがあって悩みを聞かされたことがあった。


率直に言うと周りのバンドが解散していって
また新たなバンドを結成していく中、
自分には一切声は掛からなかったと言っていた。
ヘルプにしろ突発的なバンドにしろ。

これだけで何を言いたいのか安易に想像できた。
いわゆる「比較」をされて見向きもされなくなった人間の
絶望感を本人以外の目から見ることができたから。


スネアもペダルも俺より良いものを使っていながら
「誰からも相手にされない」と、
泣きながら「悔しい」と嘆いていた。
俺は今までそういう事は無かったけれど胸が痛んだ。

信じられないかもしれないけど俺にもあったから、そういうの。
バンドを始めてから、ちょっとした後の出来事だったんだけどね。
それがあったからこそ一人で這い上がることも出来て
「練習」や「努力」といったことが、いかに大切か良く学ぶこともできたから。

ライブってもんは一つの「戦い」だと思ってます。
持っている楽器、そして演奏している「楽器」を「武器」に変えて
戦い合うもんなんだと俺は常々思っております。
ライブとは、対バンとはそういうものなんですよ。

どんだけ他のバンドと仲の良いメンバーだとしても
本人が上手くなけりゃ引っこ抜くなんて俺でさえしたくないし。
そういう比較はプロの世界よりも俺らアマチュアや
インディーズの世界の方が充満してるんですよ。
見捨てられたら、そのまま終わるかあとは這い上がるか……

それはそいつ次第だしな。

一つだけ言えることは、こいつはライブハウスにとって
重要な人物になるときが必ず来ると。
救いの手は、いつか差し伸べられてくる。




俺も、こっちに来てから何度かバンド加入のビラ貼ったり
ネットにも書き込みしたけど、俺が好むようなバンドには中々出会えなくて
正直……都会のバンドってこんなもんなのかって思った。
悪く言うと拍子抜けした。

そんで俺の個人的な悩みまで降りかかってきて、生きるのが辛くなった。
そんなところまできてしまって、もうドラムやめようかな…って思った。

ただ、俺が加入したバンドが、そういう風なだけであって
もっと掘り出したり探してみれば他にも見つかるんじゃないかと。
そうやって諦めずに待っていたら…今言っていいものなのか悩んだけど…
見つかりましたw 正式にはあっちから連絡が来たのですがね。
これについてはまた後日書きます。


やっぱ何だかんだ言ってドラムは辞めたくない。
今更音楽辞められない。

YOSHIKIに会いたい。
Joeyに会いたい。
リア・ディゾンに会いたい。
モテたい。
タトゥー彫りたい。
何より、傑作や名作を生み出すことよりも
あのとき駆られた衝撃や感動を誰か一人にでも伝えたい。


ドラムを叩いて10年。とんでもなく遠回りしたけど
俺がドラマーとしての、目的がようやく見つかりました。
ライブでは一番後ろだけどボーカル、ギター、ベース、
彼らの後ろには俺がいるっていうことを。
彼らが後ろを振り向かなくても安心感を与えるような
そんなドラマーに俺はなりたい。
それが俺に出来る唯一の彼らの役に立てることだと思うから。
俺のこのドラムで証明してみせる。いつか、きっと。

心臓が悲鳴をあげ、骨が軋み、血が沸騰し、肉が張り裂けるまで
文字通り、己の限界までドラムを叩いてみたい。
そんな馬鹿げた野望すら掲げていたけど、もう二度としない。

この先、バンドを続けている間はアマチュアとして
アンダーグラウンドで一生を過ごすのも悪くはないw
# by kurobaraebene | 2008-06-12 03:54 | 俺のバンド人生 最終章
俺のバンド人生 最終章 Part2
帰省中、世話になったライブハウスへ顔出しに
オーナーとオーナーの嫁さんに挨拶した。

「えb君がいなくなったからウチのドラマーの子たちを
 牽引する人いなくなっちゃって寂しいよ」

この人は相変わらずノせるのが上手い。

楽屋にはリョータさんや共にライブで演奏しあった
バンド仲間もいて、みんなと久しぶりに顔を合わせることもでき、
練習が終わった直後だったようで、みんな顔が火照っていた。


「黒の電光石火」

地元ライブハウスでの俺の通り名だった。
中二病ですかwwwww でもコレ本当なのよ。

黒いスネアと黒いスティックを使うドラマーでいながら
残像が見えるほどの速いドラムを叩くからだとか何とか。
ライブでブラストビートをしたドラマーは俺が初めてだったらしい。



ちょうど練習スタジオが空いてるみたいだから中に入らせてもらった。
平日だからか、ライブの行われない打って変わってガランとした風景。
マイクスタンド、アンプ、スピーカー、ドラムセット、照明。
懐かしい……何もかもが。

俺はドラムのイスに座りかかった。
スティックは持ってないのに、何故か体が動いてしまう。
ただ一つだけ、片足を付けているフットペダルだけが
バスドラムの音を小刻みに鳴らしている。
ふと目を瞑ると、年に数回しかしなかったはずのライブで
プロ被れしたセッティングが自慢のドラムセットへと変わり
ステージの上で暴れる、あの頃の自分が浮かんでくる。

このライブハウスで、もう一度バンドをやろうと決意して
何度もスタジオ練習をしていながら
一度もライブをやらないまま解散して
馬鹿のように殴り合い寸前まで騒ぎを起こして
挙句の果てに出入り禁止通告されて
カリスマでもある恩人に呼び戻されて
一週間もしないうちに戻ってこれることができて
突発的なバンドにドラムとして俺が起用されて
3年かかって、ようやくバンドマンとして復活できた。
(この間、約1年かかった)


「おかえり」

2年前、やっとバンドマンとして戻れた自分に、
そして今回は帰省した自分に言い聞かせた。


ふと手を止めてギャラリー側を見渡していると
自前のMUSIC MANベースを持ったリョータさんが入ってきた。

「久しぶりに、やらないか?」

リョータさんはおもむろに着ていたつなぎのチャックを外し(ry
というのは冗談で。
ボロボロになった使い捨てのスティックを渡されて、あの日の夜以来
ベースとドラムだけのジャムセッションがハジマタ。

時にはコミカルに、時にはスピーディーに、時にはヘヴィに唸る
MMベース特有のド太い重低音を天才的に操るリョータさん。
完全なアドリブなのにそれに合わせられる俺も天才なんじゃないかと思った。
最後にPANTERAの「COWBOYS FROM HELL」を演り、その日のセッションはオワタ。

リョータさんと2人だけでジャムるのは今回で2度目。
やっぱりこの人とは、どんなバンドよりも、どんなライブよりも楽しい。
俺のようなドメタルのドラムとは相性が良いんだろうか。

この後も他の人の練習時間も埋まってなかったので
2人で小一時間ほど客席のイスに座りながら話をした。





リョ「何か辛いことでもあった?最近」

いきなりかよ


……あったな。
発端は、今考えてみたら小さいことだったのかもしれない。
でもウジウジ悩んでヘコタレていたのは俺一人だけだった。

「最初から手の届かない存在だった」と
ある一つの志していたものを完全に諦めて
本当に自分は小さい人間なんだと。
辛くなって、耐え切れなくなって
俺は自分の物語を、そこで終わらせてしまった。


「でももう吹っ切れたように見えるけどな。
 スティックのキレとか表情見てても、そんなんに見える」


やっぱ凄いなこの人は。怖いくらい凄い。
数十分のセッションの間で、これだけのことを感じ取れたのかと思うと
リョータさんが持つ音楽の感受性は相当豊かなものだと。
俺以上にね。自分で言うのもアレだけど。
っていうことを本人に言ってみたら、


「そりゃそーだ、えべねのドラムは俺の理想だからな」

リョータさんは笑いながらそう言ってくれた。
おれ、泣いた。


嫌なことも
辛いことも
悲しいことも
全て振り払ってくれるものこそ俺にとっては
ドラムでありバンドだった。いつだってそうだった。

そして俺は、こんなにも温かい仲間に恵まれていたことを
この地元を離れてから初めて気付いた。
それがなんだか嬉しくて、少し泣けてきた。


当時の俺は身分上「雇われの身」だから
皆で意見を出し合った上でステージでは
過不足無しの働きをしなければならなかった。

俺はバンドのために少しでも役に立てていられただろうか?
その問いには、決して後悔はしていない。

「えべねで良かった」
「俺もお前らとやれて良かった」

ライブが終わるたびに、抱き合いながらそう言い合っていたからな。
だからこの場所には、色んな思い出が詰まっている。


洋楽から学んだ知識というか知恵というか
「ドラムってのはこう叩くもんだ」みたいな
そういう「鬱憤」にも似たようなものを
1つのライブで完全燃焼できた感はあった。
そういった意味ではバンドマンとしての、この空白の2年間は
起こるべくして起こった時間だったのかもしれない。
ある意味、「充電期間」とも取れるかと思う。

練習は、とても大事だけどまた飽きたり
上達に疑念が沸いたりするときもあるかもしれない。
そんなときは、悩むより一度辞めてしまえばいいと思う。スッパリと。
ドラマや映画を見て感動したり漫画を読んで腹筋が壊れるほど笑ったり
そういったことの方が時としてバンド人生においては凄く重要なことなのかもしれない。
それが今後のバンド人生において大きな影響に繋がるはずだから。



「えべねが今度帰ってきたら、また一緒にライブやりたいな」
最後にそう言われたことが、たまらなく嬉しかった。


本当は俺が上京する前までは最後にライブをした
Xのコピーバンドが終わった後に
2年前の夏にPANTERAをコピーしたバンドの先輩メンバーと
SlipKnoTのコピーをしようと話を進めていた。
バンド名は「SlipKnoT JAPAN」。

誰にも知られることのない小さな国の小さな町のド真ん中で
周りの環境、社会に対する怒り、苛立ち、絶望感、
焦燥感を吐き出すべく結成されたバンド「SlipKnoT」。
やがてバンドが活動していくうちに海外にも
「SlipKnoT」という同名のバンドが実在するため
その後にメンバー数は5人こそ「俺たちが『日本のSlipKnoT』だ」
ということで「SlipKnoT JAPAN」と改名。
まぁ、そんな設定(笑)
Xが海外進出したら外国にも「X」っていうバンドがいたから
「X JAPAN」にしたってのと同じ理由みたいなものw
コピーする曲も決めていたくらいだったし。
それ無しにしても、本物のSKもこれくらい何も無い町から生まれたと考えると
あのおぞましい音楽を生み出す理由もなんとなく解る気がする。
紳士の国、イギリスでパンクが生まれたのと同じ理由なのかもしれない。



どの音楽にも言えることなんだけど、
アレは聴いた奴にしかわからないと思う。
あのドラムが、いかにヤバイかってことを。
それでも回りの奴らは

「大丈夫。えべねだったらできる。
 あのドラムが叩けるのはお前しかいない」

だとか何だとか根拠も無ぇこと言い出しやがりまして。
確かに俺はJoeyを目標としているし
スネアもスティックもマスクも所有している。
でもJoeyほど技術も持っていないしスピードすら追いついてもいない。
それでもやりたいような、でもやりたくないような。
もしSlipKnoT JAPANが成功していたら
俺はきっと、このライブハウスで「ドラム最強」の
座を手にしていたかもしてないというジレンマ(笑)
でも、いつかやりたいと思ってるよ。SlipKnoTのコピーは。




Here we go again,motherfucker
(さぁ行こうぜ、マザーファッカー)

Come on down,and see the idiot right here
(来いよ、ここにいる大バカ野郎を見てみろよ)
Too fucked to beg and not afraid to care
(物乞いなんかウンザリだ、怖いものなんて無ェ)
What's the matter with calamity anyway?
(何なんだよこの大惨事は)
Right?get the fuck outta my face
(いいか?俺の目から失せやがれ)
Understand that I can't feel anything
(俺は何一つ感じやしないんだ)
It isn't like I wanna sift through the decay
(こんなふうに腐敗の中に入り込みたくない)
I feel like a wound,like I got a fuckin'
(まるで傷口になった気分だ ファックしてるような)
Gun against my head,you live when Im dead
(俺の頭に向けられた銃 俺が死ねばお前は生きる)

One more time,motherfucker
(もう一度行くぜマザーファッカー)

Everybody hates me now,so fuck it
(誰もが俺を嫌っている クソくらえだ)
Blood's on my face and my hands,and I
(顔と手には血がベッタリ付いている)
Don't know why,I'm not afraid to cry
(何故だかわからない 泣くのも怖くないが)
But that's none of your business
(お前には何も関係ないだろ?)
Whose life is it?Get it?see it?Feel it?Eat it?
(誰の人生なんだ?分かるか?見て、感じて、喰ってみるか?)
Spin it around so I can spit in its face
(グルグル回して顔面に吐き出してやる)
I wanna leave without a trace
(跡形もなく離れていきたい)
Cuz I don't wanna die in this place
(こんな場所では死にたくないから)

People=Shit
(人間なんてクソだ)
People=Shit (what you gonna do)
(人間なんてクソだ さあどうする?)
People=Shit (cuz I'm not afraid of you)
(人間なんてクソだ お前なんか怖くもない)
People=Shit (I'm everything you'll never be)
(人間なんてクソだ お前がなれないものになってやる)
People=Shit
(人間なんてクソだ)

It never stops
(絶対止まれない)
You can't be everything to everyone
(お前には何もなれない)
Contagion I'm sittin on the side of satan
(接触汚染、俺は悪魔側にハマりこんでいる)
what do you want from me?
(お前は俺に何を求めているんだ?)
They never told me the failure I was meant to be
(お前が犯したはずの失敗なんか誰も話してくれなかった)
Overdo it,don't tell me you blew it, stop your bitchin'
(やり過ぎた、吹き飛ばしたなんて言うんじゃねぇぞ)
and fight your way through it
(ブツブツ言うな とにかくやり通せよ)
I'm not like you
(俺はお前とは違う)
I just fuck up
(もううんざりだ)
C'mon mother fucker everybody has to die
(来いよマザーファッカー みんな死ぬ運命なんだ)
C'mon mother fucker everybody has to die!!
(来いよマザーファッカー みんな死ぬ運命なんだ!)

People=Shit
(人間なんてクソだ)
People=Shit (what you gonna do)
(人間なんてクソだ さあどうする?)
People=Shit (cuz I'm not afraid of you)
(人間なんてクソだ お前なんか怖くもない)
People=Shit (I'm everything you'll never be)
(人間なんてクソだ お前がなれないものになってやる)
People=Shit
(人間なんてクソだ)


SlipKnoT / People=Shit
# by kurobaraebene | 2008-06-07 13:49 | 俺のバンド人生 最終章
俺のバンド人生 最終章 Part1.5
Part2を書く前に、Part1で、とある事情で書けなかったことを追記。


※   ※   ※


一通り、セッティング紹介し終わったあとなんですけども図で表すとこんな感じ。
多少のズレは勘弁しておくんなまし。



バスドラを斜めにしているのは以前の日記にも書いたけど
「レディースタイル」というセッティングで真正面を向くようにするためです。


ぴなメイドのともさんに
「ドラムってセットを買ったら後は何を買えばいいんですか?」
って聞かれたときがあったのですよ。

大まかに言うとギタリストはギターとエフェクターとアンプを買い揃えるのと同じで
ドラマーはスネア、シンバル、ペダルを買い揃えなくてはならないのですよ。いずれは。

ペダルはシングルでもツインでも自分の足に合った物を一つは買うといいけど
スネアとなると、色んな種類、好みの音色があるので1つだけ持ってるというのは難しいかも。
俺の場合は「数が増えると要塞セットに見える」っていう理由でシンバルを集めまくったけどね。


ちなみにコチラが俺の理想のドラムセット。

基本は、やっぱりツーバスでしょw
# by kurobaraebene | 2008-06-06 01:08 | 俺のバンド人生 最終章
俺のバンド人生 最終章 Part1
先日、約半年ぶりに地元に帰ってまいりました。
お金を使うのが勿体無いのでローカル電車で6時間かけてw




自然が溢れる長閑な景色
せせらぎを感じる綺麗な水が流れる川
粘着気質旺盛な人々
コンビニまで車で10分もかかる土地環境
一時間に1本しか走らない電車

相変わらず糞みてーなところだ


俺を自分の道具としか見ていない母親
いつも口うるさかった祖母
バイクで走っていると白い目で見ていた近所の人たち。
みんな元気そうで何よりだった。


そして命よりも大切な俺の愛する、このドラムセット。




あ、画像間違えた。
気を取り直してもう一度。


そして命よりも大切な俺の愛する、このドラムセット。







いつ見てもデカイ……
これは俺がバンド復活してから中古で1万で買ったPearlの4点セットと
しばらくしてから友達が中古で1万で買ったYOSHIKIモデルのドラムセット
TAMA ROCKSTAR COSTAMを互いに交換して現在に至るワケですが
それを1バス(ツインペダル)、2タムにしてそれに
シンバルをゴチャゴチャ付けて今のキットがコレ。



このフロアタムは、このように↓右奥に置いてあったんだけど

滅多に叩かないから左側に持ってきて変則セッティング。




そんで楽器屋のバイトしながら密かに購入していたコイツらを


セッティングして



セッティングして



はい、完成





久々に、ドラムセット紹介でもしちゃおうかなw
俺のドラムセットの特徴は何といってもシンバルの数。
メインメーカーはPAiSTe。


全部で4層に分かれていて一番下が左から
Zildjian ZXT Titanium SOLID HiHAT 14
Istanbul Splash 8
Zildjian Zil-Bell 6


下2枚はアタッチメントとシンバルホルダーを取り付けてのセッティング。




そしてZildjian ZXT Titanium MEDIAM RIDE 20

ハイハットとライドシンバルがメーカーはZildjianで
従来のシンバルと違うところはチタン製で銀色のシンバルってところ。

RUDE Crashと見比べてみると一目瞭然。ね?銀色でしょ。


音も甲高くてジャリジャリしてる。
今ではもう廃盤なので持ってるだけで珍しがられる。




そして今回、新しくセッティングした2枚のスプラッシュ。
左側がホワイトカラーシンバルで特注仕様のPAiSTe 2002 Splash 8
右側がPAiSTe Signature 10

手前に新しく付け加えたエフェクトシンバルはJoeyの影響によるものでもあるし
完全にシンバルに埋もれたドラムセットが俺の理想でもあったから。


メインとなるクラッシュシンバル。左から
PAiSTe Signature Full Crash 18、16


SABIANの割れシンバル16(w
PAiSTe RUDE CRASH/RIDE 18


左2枚がキラキラ系のピッチで統一。
右2枚が爆音系のピッチで統一。


その上にあるのが2枚のチャイナシンバル。
左側がPAiSTe 2002 NOVO CHAINA 20

ちょいと背景がアレなのでペイントでボカシ入。

右側がPAiSTe 2002 CHINA 20



そんなこんなで合計で12枚ものシンバルをセッティング。
シンバルへの拘りは前から何度も語ってるけど、それは数だけじゃなく
形や色にも表れているってことを伝えたかったのです。

シンバルスタンド・ホルダーは全てブームでウイングロック装備。
従来のシンバルスタンドだとネジをクルクル回さなきゃ
シンバルのセット・リセットができないため時間がかかるのです。
急いでたりして勢いよく回してるとネジを地面に落としてしまい
探したり無くしてしまったりする場合が多いのです。(俺だけ?)
そこでPearlが開発したのが、このウイングロックというシステム。


従来のネジ式と格段に違うところはシンバルのセット・リセットが瞬時にできるというところです。
具体的な説明を画像にすると、

こうして



こうして



こうするだけでおk。




ウイングロック自体を取り外すまで3秒もかからない。
これはシンバル好きにとっては思ってもいなかったシステムなので助かります。
シンバルに拘っているからこそ、スタンドにも拘らないと良い鳴りはしないので。
ネジのスタンドはもう古いですよ。ホントに。


イスも交換してあって今使っているのはTAMA HT530C。

丸型のイスと違ってサドル型で太ももが当たらないからペダルが踏みやすい。
しかーも生地がベルベット状でケツに汗をかいても滑らないので長時間ライブで活躍します。


最後にご紹介するのがハイハットスタンド、DW9500

非常に軽いアクション、しっかりとした踏み応え、まっすぐに稼動する感触。
全てを兼ね備えた文字通り、更にこの上の機種は存在しないと言われるほど
世界最強・最高峰のハイハットスタンドです。

ハイハットスタンドとイスは演奏面においては、あまり注目されてないけど
ドラムワークにおいて実は重要なファクターを占めているもので
ハイハットスタンドは各メーカーごとに上位機種になると3脚から2脚になるのです。
これは俺みたいな要塞セットを組んでいるドラマーにとって非常に助かるシステムで
3脚だと安定感は言うまでもないけれどシンバルスタンドの脚部が嵩張ってしまうのです。
それを2脚にすることで安定感は多少薄れるけど
足回りがスッキリとして素早いフットワークが可能になります。


イスも同様で、ライブハウスや練習スタジオのドラムセットのイスは全て丸型ですが
座ってプレイしていると腰とチ○コが段々痛くなってくるのであまりオヌヌメはできません。


こうしてハイハットスタンドとイスを交換することで下半身が動きやすくなるので
俺のスピードドラムを支えてくれるのは間違いなく、この下半身部分なのです。
足がヘタな奴は何やってもヘタですから。



今まで生きてきた中で、こんなにも金を賭けたものは
このドラムセットが初めてだった。恐らく30万以上はかけてると思う。
これでもまだ完成型ではないのよ。あとはツリーチャイムとカウベルと銅鑼と…
集めるものはまだまだありすぎる。







遠い未来、俺に子供ができたらこのドラムセットを叩かせてやりたい。
無理にドラムをやらなくてもいいから、何か楽器をやらせたい。
俺がバンドで成し得ることができなかった色んな事を我が子に全て託したい。
# by kurobaraebene | 2008-06-05 16:01 | 俺のバンド人生 最終章
さて
明日から3日間、7ヶ月ぶりに実家のほうへ一度帰ります。
帰省する理由は……前にも何度も書いたことあったけど
最後の「俺のバンド人生」を書き終えるため。
時期も時期で、ちょうど落ち着きたい頃だと思ったので。


俺のバンド人生 前編
ドラマーえべね誕生とミュージックジャーナリストを目指すまで。


俺のバンド人生 番外編
想いもよらなかった挫折と苦悩の2年間。
多大な悔いを残したまま奇跡の復活劇。


俺のバンド人生 後編
100%完全ノンフィクションヒューマンドラマ。
二度の苦悩の末に手に入れた本当の意味でのバンド人生復活。
と、同時にかつての同胞たちとの因縁の幕開け。


俺のバンド人生 後々編
楽器とかスリッペとか四肢独立とか。
俺が今まで踏み入れたことのなかった音楽のもう一つの世界。
後半はヒューマンドラマ。



まだ読んでない人は是非一度どうぞ。
# by kurobaraebene | 2008-06-01 15:12 | 日常
えべにゃんこのスーパーギタリスト列伝
ネタが無いので、もしもえべねがギタリストだったら
恐らくリスペクトしていたであろうギタリストの紹介をしたいと思います。



まず最初のイッパツ目は皆さんもご存知あるかと思うこのお方。




YNGWIE MALMSTEEN(イングヴェイ・マルムスティーン)
通称:インギー
簡易AA:∬-●3●)
座右の銘は「天上天下唯我独尊」。

「世界王者」の異名を持ち、知る人ぞ知る色んな意味でとんでもねぇギタリストです。
デビューしたての頃は、その王子的ルックスとスタイルで
男性ファンのみならず女性ファンも大勢『いました。』
何故『いました』と過去形なのかというと上の画像は20年前のもので
今の容姿を見たら、ほとんどの人は絶句するww
何年か前に日本ツアーで来日していた頃はKinKi Kidsの
「LOVE LOVE 愛してる」にもゲスト出演したときに見た人もいるかと思われます。

インギーのギターワークにおいてゴマンといる他のギタリストと一線を画しているところは
「クラシックのフレーズまたはコードをエレキギターで弾きまくる」というところでしょうか。
ジャンルで言うと「ネオクラシカル」といい、ヘヴィメタルのジャンルの一つです。
口で説明すると、一見簡単なようにも思えますが実はコレはスゲェ高度なテクニックを必要とする奏法で
それこそ完全にマスターし、身に付けるのであれば一日中家に引きこもって
友達とも遊ばないでギターの練習をしていなければならないほど。
DEEP PURPLEのリッチー・ブラックモアや故ランディ・ローズもこのネオクラシカルを模索し
バンド内や個人のテクニックとして昇華させようと何度も試みたけど
ネオクラシカルの完全なスタイルは身に付けることはできませんでした。

1980年代から海外で高度な技術を備えたプレイヤーが次から次へと出現しましたが
その影響の元になっていたのはまず間違いなくネオクラシカルシーンの過熱、
そして何よりもインギーの出現によるものでした。


なんてことを言うと「イングヴェイというギタリストは素晴らしいプレイヤーなんだな」と
錯覚を起こすかと思いますが騙されちゃいけねぇよ。
どういう意味なのかっつーと口で説明するのも何だかめんどくさいのでコチラをどうぞ。





ハッハー!どうだ愚民ども!
インギ様の素晴らしさを思い知ったか!!

冒頭で「色んな意味でとんでもねぇギタリスト」と書いた理由がコレw


最後に今のインギー様の容姿を見たい人は↓へスクロールでどうぞ。





























∬-●3●)






もはや全く別の生命体です。
# by kurobaraebene | 2008-05-30 15:22 | 音楽
脱・スランプ





ドラム練習中の俺。カッコイイだろ?
今日はぴなのあと、長い時間ひきこもってドラムと向き合っていた。
数ヶ月前からスランプ状態だったけど
スティックにキレが戻ってきた感じがして気持ちよかったな……
おかげで体中が汗でベッチョリーナなんだぜ。




俺のスランプはドラムだけじゃなくて、生活面にも悪影響が出るから尚更タチが悪い。

本人を悪く言うつもりは一切無いけど、俺にとっては辛い現実を見せ付けられて
ここ数日間、今までにないくらい自己嫌悪したり今までにないくらい落ち込んだり
そのおかげで自分がいかにどれだけ小さい人間なのか改めて知ることもできた。
実は凄い人だったのに、アホな俺はそうとも知らずに近づいていた大馬鹿野郎だったってことをね。

夜は眠いはずなのに、頭の中で色んなこと考えすぎてずっと眠れなかったり
お腹がすいているはずなのに、食べ物すらまともに通せなかった日が続いた。

俺が傷ついたワケじゃない。
ハナから手の届かない存在だと、今更ながら気づいただけ。


まだ引っかかるものは少なからずあるけど、でも、もう大丈夫。
いっぱい泣いて、いっぱい叫んで、
指からいっぱい血が出るほどドラム叩いて
なんだかちょっと、フッきれたよ。
そのかわり、なんだかちょっと、疲れちゃったな……


6月入って、2日・3日・4日って一度実家のほうへ帰省します。
またこっちへ帰ってきたら、俺のバンド人生の最後を書くので
それが終わったら、ブログ書くのを暫くのあいだ休みます。



もう独りで歩けない 時代の風が強すぎて
Ah 傷つくことなんて 慣れたはず
だけど今は…

Ah このまま抱きしめて 濡れたままの心を
変わり続けるこの時代に 変わらない愛があるなら

Will you hold my heart
涙 受け止めて
もう壊れそうな All my heart

Forever Love Forever Dream
溢れる思いだけが
激しく せつなく 時間を埋め尽くす
Oh Tell me why

All see is blue in my heart

Will you stay with me
風が過ぎ去るまで
また溢れ出す All my tears

Forever Love Forever Dream
このままそばにいて
夜明けに震える心を抱きしめて
Oh Stay with me

Ah 全てが終わればいい 終わりのないこの夜に
Ah 失うものなんて 何もない 貴方だけ

Forever Love Forever Dream
このままそばにいて
夜明けに震える心を抱きしめて

Ah Will you stay with me
風が過ぎ去るまで
もう誰よりもそばに

Forever Love Forever Dream
これ以上 歩けない
Oh Tell me why Oh Tell me true
教えて 生きる意味を

Forever Love Forever Dream
溢れる涙の中
輝く季節が 永遠に変わるまで
Forever Love

X / Forever Love





人を愛するって、こんなにも辛いものだとは思わなかった。
自分は誰よりも強い人間だと思い込んでいた。
でも本当は弱さを見せたくない強がってばかりの人間だった。


あなたのファンでいることが辛くなったことをお許しください……
# by kurobaraebene | 2008-05-26 21:31 | マジメな話
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